はじめまして、 アレルギー生活改善総合研究所店長の久保幸加です。
私自身が、子供の頃から重度の喘息患者で当時、主治医の先生からはとても成人するまでは生きられないと両親は宣告されていたそうです。 私がアレルギーの本当の怖さを思い知らされたのは今から11年前、元気だった父親が食べた食品で蕁麻疹が出たことで命を落とした事がきっかけです。 この時まで自分に喘息がありながら、本当の「アレルギー」の怖さを知りませんでした。
■私の娘達は、二人ともアトピーっ子 食物アレルギーの判明は風邪がきっかけで、 生後3ヶ月一日に何度も下痢をするのが2週間以上続き、結果として、「乳製品」「卵」のアレルギーがある事が判明しました。 お医者様は「除去」して下さい。 とは言いますが、あまり詳しくない先生だった為に詳しい除去食の仕方は教えてもらえませんでした。 その後も鶏肉を食べさせては蕁麻疹が出て、病院に駆け込んでは「鶏肉のアレルギーは無いのに神経質だ」と、叱られて無知故に病院を変える事もできず悶々としていました。
行政の栄養士さんに除去食について質問をしても、 「調べてあげる」という言葉を信じ待っていて、3ヵ月後にやっときた返答は… 「わからないから、自分で勉強してみてくれる?」
医師から「除去」をしてと言われても、どこにも「指導」できる人は居ない、 ましてや除去の為の食品も手に入らない状況でどうしていいかわからずに途方に暮れる日々でした。
■ある一つのサイトに出会う その時、ネットで検索して見つけたサイトの一つに、 小児科のお医者様が「お母さんが勉強すれば、それに応じて子供は回復する」 と、書いてあった一言を見て翌日から大量の本を買い込んで読み漁りました。 その中の一冊の本の巻末に、販売店の紹介があり早速電話してカタログを取り寄せました。 見ると沢山の商品があり、近くのスーパーなどでは何一つ食べられるものが無いので、 文字だけのカタログでも見て選ぶだけで、とても楽しかった気がします。
子供も、その後アレルギーに詳しい先生に診ていただき、 一年一年元気になり、段々と病院通いをする事も減ってきました。
わが子も小学生になり、まだまだ牛乳はダメなので、水筒を持って学校に通っています。 (年に数回は、食べられない給食にお弁当を持たせつつ) ■インターネットでお店をやる事になった時 私の知識と経験が生かせるのは、これだなぁとは思いましたが正直とても迷いました。 「物を販売するだけのショップにはならない。」と言う事に気がついていたからです。 通販で電話して色々な質問を栄養士さんにしても、商品については答えてくれます。
でも、それ以上のお話はなかなか聞けずに物を購入するだけ…。 沢山の物は買えても、非常に空しい思いを持っていました。 「物を販売するだけでなく、心のケアまで必要な仕事だ」 と、言うのが見えていたので、それがどれだけ重い事か解るだけに…
「果たして私が出来る仕事のなのだろうか?軽々しくはじめて良い事なのだろうか?」 オープンするまで、実は非常に悩みました。 でも、今は仕事をする中で
- 私がアレルギーであった事
- 父親の死
- 子供たちのアトピーの事
全てが、ここにたどりつく為に意味があった事なのだ! と感じています。 私が子育てをする中で、他のアトピーを持つ子のママに 励まし支えていただけた様に、今度はその時の感謝の気持ちを より多くの皆さんに、お返ししてお届けできたら・・・
そんな、思いから「アレルギー生活改善総合研究所」はオープンいたしました。
あなたが、このサイトにたどり着くまでに、どれだけ沢山探した事でしょう。 あなたは、どれ程沢山の本を読まれたのでしょう。 何件の病院を訪ね歩いたのでしょう。 幾夜、眠れぬ夜を過ごされた事でしょう。 どれほどの涙を流された事でしょう。
暗い夜にあなたが迷わない様に いつもあなたを見守っていられたら… 少しでもあなたの心に寄り添えるサイトでありたいと思います。 |